2021年(令和3)8月16日に那覇地方裁判所に訴状を提出しました。
訴 状
那覇地方裁判所御中
令和3年8月16日
当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり
原告ら訴訟代理人
弁護士 徳 永 信 一
原告錦古里正一訴訟代理人
弁護士 葉 狩 陽 子
怠る事実の違法確認請求等住民訴訟事件
訴 額 1,600,000円
貼用印紙 13,000円
請求の趣旨
1 被告が一般財団法人沖縄美ら島財団に対する損害賠償金1億9730万円及びこれに対する令和元年10月31日から支払い済まで年5分の割合による金員の支払請求を怠ることが違法であることを確認する。
2 被告は、一般財団法人沖縄美ら島財団に対し、損害賠償金1億9730万円及びこれに対する令和元年10月31日から支払済まで年5分の割合による金員の支払いを請求せよ。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求める。
請求の原因
1 当事者
(1) 原告らは、いずれも沖縄県在住の沖縄県民であり、被告の一般財団法人沖縄美ら島財団(以下「沖縄美ら島財団」という。)への対応(管理責任の追及及び損害賠償請求をしていないこと)に問題があると考え、地方自治法242条1項に基づき、令和3年6月4日沖縄県監査委員に対し、沖縄県職員措置請求(住民監査請求)を行い、沖縄県監査委員は令和3年7月16日、同監査請求を却下し、各原告らに通知した【甲1の1~3】。
(2) 被告は沖縄県の長であり、沖縄県を統轄し代表する執行機関であり(地方自治法147条)、沖縄県の事務を執行管理する(同法148条)。沖縄県は憲法92条にいう地方公共団体であり、地方自治法1条の3第2項の普通地方公共団体である。現知事である玉城康裕(通称・玉城デニー)は、平成30年9月30日投開票の知事選によって選任された第8代沖縄県知事である(憲法93条2項、地方自治法17条)。
(3) 沖縄美ら島財団は、令和元年2月に首里城公園の施設等の公の施設の管理に係る指定管理者(地方自治法244条の2第3項)に指定され、同公園城郭内の建築物(正殿、北殿、南殿等の6棟)の修繕などの施設の維持・管理並びに使用料金の収受、使用許可権限の行使を含む、実質総合的な管理・運営を委ねられた一般財団法人である。
2 首里城公園の所有及び管理について
首里城公園の所有権は国にあり、もともと独立行政法人都市再生機構が国の管理許可を得て管理者となり、沖縄美ら島財団に実際の維持管理を業務委託していたところ、平成31年2月、かねてからの沖縄県からの申し入れに基づき、首里城公園に係る国の管理許可に基づく管理者の地位が独立行政法人都市再生機構から沖縄県に移管されることになった。
沖縄県は「沖縄県国営沖縄記念公園内施設の設置及び管理に関する条例」を制定し、もって従前から首里城公園内の建物施設の管理を担ってきた沖縄美ら島財団を地方自治法244条の2第3項所定の指定管理者に指定し、首里城公園城郭内の施設の維持・管理・運営を全面的に委託してきた。これによって、沖縄美ら島財団は、首里城公園の入場料(事業計画によれば年間11億3500万円。但し、10月31日の本件火災によって令和元年度の現実の入場料収入は6億690万円にとどまっている。)の全額をその収入とする一方で、沖縄県に対し、首里城公園内の建物等の施設の修繕・防災等、施設の維持管理に必要な業務の一切と責任を担うことになった。
3 首里城火災とその経過
令和元年10月31日、首里城公園の城郭内の首里城の建築物(正殿、北殿、南殿等の6棟)が全焼する火災事故が発生した。その経緯と焼失の結果は、後日公表された首里城火災に係る再発防止検討委員会の首里城火災に関する再発防止等報告書によれば、次のとおりである。
(1) 警備員らによる初期消火の失敗
午前2時34分、セコム株式会社が設置していた赤外線による人感センサーが発報し、宿直の警備員が現場に向かったが、内規に違反して1人で向かったため、正殿1階における火災を発見しても直ちに消火活動に従事することができなかった。人感センサーの発報から数分後には沖縄美ら島財団が正殿内に設置していた火災報知器(感熱式)が警報を発したが、警備員及び監視員らが慌てて駆けつけたときには、正殿内部には黒煙が立ち込めていたため、同所にあった消火栓を確保することもできず、消火器や放水銃を用いてする初期消火の活動は全くなされることはなかった。
(2) 消防隊による早期消火活動の遅延
しばらくしてセコム株式会社からの連絡を受けた那覇市消防局が火災を知り、消防隊が出動したが、現場の混乱によって出火場所の確認に手間取り、火災現場に駆け付けるのに相当な時間を要し、漸く火災現場に駆け付けてからも消火活動に必要な消火栓の確保、消火ホースの火災現場までの延伸(閉鎖された複数の門を通り抜けて長距離にわたって伸ばす必要があった)に手間取るなどの支障が続発し、早期に消火活動を開始することができなかった。
(3) 延焼防止活動の不全
那覇市消防局等から出動した消防車両60台が駆けつけ、消火ホースを用いた消防車による放水が開始されたが、消火栓が繋がっていた防火貯水槽の水量不足によって放水が途中で頓挫するなどの支障によって、出動した消防隊員219人は十分な消火活動を展開することができなかった。
(4) 鎮火
こうした初期消火の失敗、消防隊による消火の遅延、延焼防止活動等の不全といった支障が続発したため、首里城正殿に発した火災は、その拡大と延焼が続き、これを抑えることができないまま推移し、鎮火が確認されたのは午後1時30分であり、首里城城郭内の建築群は、出火が確認されてから消火するまで11時間にわたって燃え続けたことになる。
(5) 正殿等の焼失、収蔵品の延焼等
火災事故の結果、首里城公園城郭内にあった6棟の建物(正殿、北殿、南殿・番所、書院・鎖之間、黄金御殿他〔奥書院含む〕及び二階御殿)は全焼(焼失面積計約3,813平方メートル)、奉神殿と女官居室の2棟の1部は焼失した。
そして、これらの建物内に展示・保管・収蔵されていた文化財ないし美術工芸品(絵画、書跡、漆器等、染織、陶磁器等)のほとんどが焼損した。
4 出火原因並びに火災の拡大及び延焼の諸要因について
(1) 出火原因
那覇市消防局がとりまとめた調査報告書によれば、放火や人為的な失火の可能性はないとされている。他方、正殿1回の北東側で溶けて細切れになった電気配線があり、分電盤横の後付けコンセントに接続された延長コードに溶けた跡があることが見つかったことから、そこで電気ショートが生じた可能性が認められる。そのため、同報告書は「後付けコンセントに接続された延長コードからLED照明スイッチ部分までの電圧が印加していた部分で何らかの電気的異常があった可能性が考えられる」と記載している。
しかしながら、発掘された物や建物全体の焼損が激しく、物的証拠や着火物を特定できなかったことから、最終的に出火原因不明として結論付けられた。
思うに、放火ないし失火の可能性がないとすれば、出火原因は何らかの電気的異常によるものと考えるほかはない。しかも、出火場所が正殿北東側1階奥であると特定されており、同所にあった延長コードの溶け跡等から分電盤左横の後付けコンセントに接続され夜間も電圧を印加していた延長コードのショートが出火原因であることが推認されるのであり、その蓋然性に合理的な疑いを差し挟むべき他原因の可能性が成立する余地はない。
なお、世評によれば、本件火災の前後に正殿前の広場で開催されているイベントで使用されていた複数の電気器具に接続されていた延長コードもしくは端子のゆるみ等による電気的異常が出火の原因となった可能性が云々されていたが、イベントで使用されていた延長コードは、いずれも正殿内のものとは別の電源から引かれたものであり、かつ、作業終了退出時に電源を切っていたことが確認されており、これが出火原因となった可能性については消防局の調査報告書において否定されている。正殿の北東側で溶けて細切れになった配線などが見つかり、正殿1階で通電していた延長コードと、その先の発光ダイオード照明器具で何らかの電気的異常があった可能性があるとされたものの、発掘された物や建物全体の焼損が激しく、物的証拠や着火物を特定できなかったことから、出火原因は不明として結論づけられた。
しかしながら、本件火災の直前から前日まで正殿前の広場で開催されたイベント(令和元年度首里城祭10月27日~11月03日)での伝統芸能特別公演や国王・王妃出御、万国津梁の灯火といった企画のための照明器具や物品販売のための冷蔵庫が設置されており、テーブルタップ使用による大量の電流が流れ、電気コードからの発火、端子のゆるみによる発熱が出火原因となった可能性は否定できない。
(2) 首里城城郭内の建物の特性と初期消火の重要性について
正殿、北殿、南殿等の首里城公園城郭内の建物群は、その建築物固有の特性(木造及び塗布された漆塗料など)や立地・敷地特性、建築物の配置状況(消防隊による消火活動の困難など)に照らし、一旦出火すると火災が急速に広がり、火災の拡大延焼の防止を伴うといった特性を有しており、火災に対して非常に脆弱であった。そのため、万一、城郭内の建物内で出火した場合、火災の拡大及び延焼をくい止めるには、出火の早期発見、初期消火の活動が特に重要であることは、かねてから繰り返し強調されてきた。
(3) 自動火災報知設備の問題について
ところが、万一の出火に対する早期発見ないし初期消火に必要となる設備をみると、本来火災の発生を最も早く感知するはずの火災報知機(煙探知器、感熱式報知器)が、防犯設備の赤外線方式の人感センサーよりも6分も遅れて発報しており、その結果、宿直の警備員ないし監視員ら(当時、警備員5名、監視員2名が宿直していた。)が火災を察知して消火活動に携わろうとしたときには、すでに正殿内には黒煙が立ち込め、備え付けの消火器や屋内消火栓にたどりつくことも困難になっていたため、消火器や放水銃等を用いてなされるベき初期消火活動は全くなされていなかった。
再発防止検討委員会による調査報告書によれば、火災報知設備には、煙検知器と熱感知器があり、熱感知器には空気管式と熱電対式があるという。正殿には、熱感知器としては空気管式のものしか設置されておらず、より感度がいい熱電対式のものは設置されていなかった(最新最適の防火設備の設置は管理上の最善注意義務の内容であるというべきである)。なお、出火の検知能力において熱感知器をしのぐ煙検知器が設置されていたものの正殿内に黒煙が立ち込める状態が確認されていながら、その作動は確認されていない。
思うに、煙感知器が正常に作動しておれば、赤外線式の人感センサーが反応し、正殿内に黒煙が立ち込める状態にありながら、これが何ら反応しないということはありえない。正殿1階の煙感知器が故障していたか、電源が入っていなかったために作動しなかったと考えるほかはない(因みに、煙感知器の設置、維持、電源管理の責任は指定管理者である美ら島財団が担っていた)。
次に述べるように、首里城正殿にはスプリンクラーの設置がなかったのであり、出火の早期発見による初期消火こそが首里正殿における火災対策の使命を握っていたといえる。煙感知器の維持ないし電源の管理に落度があったとすれば、そのミスは首里城全焼を招いた致命的なものだったといえる。
(4) スプリンクラーが設置されていなかったことについて
出火場所である首里城正殿には、初期消火に絶大な効果を発揮するスプリンクラーなどの自動消火設備が設置されていなかった。このことが、短時間で火災が拡大した重大な原因の1つであるといえる。城郭内の建物群は建築基準法の適用がない工作物であるため、スプリンクラーの設置等の消防法上の義務はなかったとされているが、もし、スプリンクラーが設置され、作動していたとすれば、初期消火に絶大な力を発揮し、鎮火できた蓋然性が高く、少なくとも消防隊による本格的な消火活動が開始するまで延焼を抑えることができたことは確実であり、城郭内建物群の全焼という結果をみることはなかったと考えられる。
思うに、首里城公園城郭内の正殿等の建物群に建築基準法の適用及びこれに伴う消防法の適用がなかったことは、それが人の居住もしくは宿泊が予定されておらず、建物自体に文化財としての価値がないとされていたからにほかならない。しかし、正殿等の建物内には、沖縄県指定の有形文化財等の美術工芸品が展示・収蔵・保管されていたことを忘れてはならない。スプリンクラーの設置等、消防法上の防火対策すら講じられていない木造建物(対火災危険構造物)において文化財を収蔵・展示していたのであれば、そのこと自体が指定管理者に求められる施設等に係る防火管理上の注意義務が遵守されていなかったことを物語っているといわざるをえない。
すなわち、宝物等の文化財を展示・収蔵するのであれば、少なくとも博物館等の建物に求められている防火対策を講じていなければならなかったというべきであり、これを怠っていた美ら島財団の首里城公園城郭内建物等(施設内の文化財等を含む)の管理上の注意義務違反があることは明白である。
(5) 宿直警備員の内規違反による初期消火の解念について
出火当時、首里城公園内には監視員2名、警備員5名が宿直していたことが確認されている。セコムが設置した赤外線式人感センサーが警報を発したとき、警備員1名が現場に向かっている。これは警報に基づいて事故現場に向かう場合は必ず2人で向かわなければならないとする内規違反の行為であった。当該警備員が火災を確認してからも、直ちに現場で消火活動に携わることができなかったのは、内規に違反して1人で現場に向かったからであり、2人であれば、1人が応援要請に宿直室等に戻っている間も、備え付けの消火器や屋内消火栓を用いて初期消火に携わることができたはずであった。
(6) 消防隊による消防活動の支障要因について
消防隊が出動したが現場に到着するまで相当時間を要しており、漸く城郭近くに到着したが、現場の混乱と連絡系統の不統一から、火災場所を特定するのに手間取ったばかりか、屋外消火栓の確保に時間を要し、やっと消火栓を確保してからも火災現場において放水の消防活動を行うためには、長距離にわたって放水用ホースを延伸する必要があり、これを火災現場付近まで至らせる上で、施錠された門扉や放置されていたイベント用の舞台装置等が障害になり、これらのことが消防隊による放水による消防活動の妨げとなったことが認められている。
指定管理者制度は、指定管理者に当該施設等の使用許可権限を譲渡するものであり、指定管理者に指定された沖縄美ら島財団は、その入場料等の収益をあげるために財団が主宰する自主企画事業を多数企画しており、本件火災当時もイベント用の舞台装置等が現場付近に放置されていたのである。
(7) 消火用貯水槽の水量不足について
調査報告書等によれば、消火栓と繋がっていた消火用貯水槽の水量が不足したことが原因で火災現場における消防隊による放水活動が途中で頓挫したことが認められている。消火用貯水槽の水量の維持は、万が一の火災発生の場合、消防隊による消防活動にとって絶対的に必要となることであり、実際に十分な水量が確保されていなかったことは、防火管理者による管理の不十分を如実に物語っている。
(8) 沖縄美ら島財団関係者における防火意識の欠如等について
宿直警備員らによる初期消火活動の解念、スプリンクラーの不設置、駆けつけた消防隊員らによる消防活動にかかる活動の不全において多数の要因が重なった現実からみて、沖縄美ら島財団関係者における防火意識が欠如しており、そもそも火災が生じた場合のことを全く想定していなかったことが浮き彫りになっている。
RBCが特集したTVドキュメンタリーには、那覇市消防局の消防隊員や警備会社から派遣されていた警備員らの貴重な証言が取り上げられており、これらの団体と沖縄美ら島財団との間における防火情報に関する意思疎通が全くなされていなかったことが判明している。そうしたことも沖縄美ら島財団における防火意識の欠如に由来するものと思われる。
那覇市消防局の報告によれば、平成30年5月22日に実施された立入検査において防火管理者(消防設備士の有資格者)の一部未選任であることが発覚し、平成30年9月14日になって漸く選任されたことが記されている。
沖縄美ら島財団は沖縄県から指定管理者に指定される以前から独立行政法人都市再生機構から管理業務の業務委託を受けていたのであり、そこから当時から防火意識の欠如が続いてきたことがみてとれる。
5 沖縄美ら島財団の城郭内建物等に対する防火管理上の最善注意義務違反
(1) 防火管理上の最善注意義務
全焼した首里城公園の城郭内の正殿をはじめとする6棟の木造建築物は、世界遺産(琉球王国のグスク及び関連遺産群)に登録されていないが、県民の誇りともいうべき復元文化財であった。木造建築物そのものはレプリカであり、文化財としての価値は高くないとされるが、その内部において沖縄県が所有する重要な文化財等の宝物が多数収蔵され、その多くは展示され、多くの入場者の観賞に提供されていた。沖縄県からの指定を受けて指定管理者となり、首里城城郭内建物群とこれらの内部において収蔵・展示されていた文化財等の宝物を管理していた沖縄美ら島財団は、万が一の火災からこれらを護るため、防火管理における最善の注意を尽くすべき注意義務を負っていた。
しかも、沖縄美ら島財団は首里城公園の指定管理者として施設入場料等から防火管理上の責任(最善注意義務の遵守履行)を果たす上で必要となる費用を賄うに十分な収入を得ていたことを忘れてはならない。
(2) 火災の拡大及び延焼防止上の注意義務違反
本件火災の出火原因は、那覇市消防局の調査報告書では「出火原因は不明」とされたものの、その出火場所が正殿1階の北東側の奥であることは確定されており、他に合理的な出火原因がみあたらないことから、分電盤横の後付けコンセントに接続されたLED照明施設に至る延長コードにおける電気的異常(漏電ないしショート)であることが高度の蓋然性がもって認められる。
正殿の1階から出火した火災は次第に拡大して正殿を全焼させ、その過程で北殿、南殿に飛び火してこれらを延焼したのであるが、その火災の拡大及び延焼の原因は、その過程に照らし、前記の①自動火災報知器の不備ないし維持・電源管理の不十分による火災発見の遅れ及びスプリンクラー等の初期消火設備の不備による初期消火の不十分、②消防活動上の障害となった諸要因(警備員からの連絡がなかったこと、指揮系統が2つあったことに起因する連絡体制の不備及び消火用貯水槽の水量不足)による消防隊による消防活動の不全、3沖縄美ら島財団関係者(特に消火器や消火栓設備等の整備を担う防火管理者)の防火意識の欠如による消防条件の不整備にあったことは明らかである。
これらの不十分・不全・不整備がなければ、首里城公園城郭内の正殿をはじめとする建築物6棟の全焼という悲惨な結果を迎えることはなかったと考えられる。
(3) 火災の拡大もしくは延焼防止のための防火管理上の最善注意義務違反
前記①②③は、いずれも、沖縄県に対し、首里城公園城郭内建物群の防火施設等(自動防火警報装置、スプリンクラー、消火栓の周知、消火用水貯水槽)の維持(整備・修繕)ない周知・確認といった防火管理上の責務を担っていた指定管理者である沖縄美ら島財団が、その不備、不全、不十分について最善注意義務の遵守履行をもって是正ないし整備しておくべきものであった。
沖縄美ら島財団は、一方では沖縄県指定の指定管理者として首里城公園の入場料等による莫大な収益を得ながら、他方で指定管理者としてなすべき防火管理上の諸条件の整備等に係る最善注意義務の履行遵守を含たる過失と違法を冒してきたのである。
(4) 出火原因にかかる注意義務違反
本件火災事故の出火原因については、正殿1階の北東側の通路に設置されていたLED照明に接続されていた延長コード(分電盤横の後付けコンセントに接続されていたもの)の漏電ないしショートによるものであることが高度の蓋然性をもって認められることは前記のとおりである。
このLED照明と後付けコンセントは、平成31年2月に御内原(うーちばる)の工事内、最後に残っていた世誇殿・女官居室・湯家が完成したことに伴い、正殿内の観光順路が変更され、正殿1階北東側奥の廊下部分が順路となった際に設置されたものである。丁度、管理主体が国から沖縄県に移された時期にあたり、指定管理者として首里城の管理を任されていた美ら島財団が、仮設的に設置した照明施設であった。
その際に設置された後付けコンセントは、夜中(21時30分)になると電気が落ちることになっていた分電盤から独立したものであったことや、LED照明に接続された延長コードは、多数の観光客が通行する廊下の上を固定も配線の被覆保護しないまま廊下を這うように置かれていたことなど、著しく防火上の配慮に欠けたものであり、いずれ恒久的で安全な設備に置き換えることが予定されていた仮設的施設であった。
ところが美ら島財団は、設置から8カ月以上を経過した令和元年10月31日まで、仮設的なLED照明の施設をそのまま使用し続けたのであり、それが出火原因である高度の蓋然性が認められる以上、美ら島財団の防火上の注意義務違反は明白である。
(5) 小括
沖縄美ら島財団の防火管理上の最善注意義務違反の過失によって、首里城公園城郭内の施設である木造建物群の焼失と施設内において収蔵・展示されていた県指定の重要な文化財等の宝物の焼損を招いたことは明らかであり、沖縄美ら島財団が、首里城公園城郭内の木造建物群の焼失によって沖縄県が被った損害を全額賠償すべき責任を有している。
6 沖縄県が被った損害について
(1) 固定納付金に係る損害
沖縄美ら島財団は沖縄県に対し、毎年2億3330万円の「固定納付金」を収めることになっているが、首里城焼失によって沖縄美ら島財団の入場料収入が6億6900万円にとどまり、計画の11億3500万円を大きく下回り、令和元年度の収支は2億9900万円の赤字となったことから、沖縄美ら島財団は1億3600万円しか沖縄県に対して支払っていない。これによって沖縄県は9730万円の損害を被った。
(2) 収蔵展示の文化財等の焼損による損害
首里城公園城郭内の正殿等の焼失に伴い、貴重な美術工芸品など収蔵品1510点のうち、焼失を免れて現存が確認されたのは1109点で、所在が確認できずに焼失したとみられるのは401点であるとされている。第二尚氏の第18代国王・尚育が書き、国王直筆の貴重な書である「尚育王書」と17世紀ごろに章聲が描いた「雪中花鳥図」が焼失したことも確認されている。正殿等の建築物に展示又は収蔵されていた貴重な文化財401点が焼損しており、そのなかには沖縄県が所有する多数の美術工芸品の文化財(現時点において原告らが確認している沖縄県所有の美術工芸品の文化財は別紙美術工芸品目録記載の18点であるが、これを遥かに上回るものと考えられる)が含まれている。これらの歴史的文化的価値を金銭に換算することが困難である。敢えて金銭的に評価するならば損害額は1億円を下まわることはない。
(3) 小括
よって沖縄県は、沖縄美ら島財団に対して少なくとも金1億9730万円の損害賠償請の支払いを請求する権利を有していることは明白である。
7 沖縄県監査委員による指摘について
(1) 沖縄美ら島財団の過失責任の根拠について
最2小判平成16年4月23日民集58巻4号892頁は、違法又は不当に債権の行使を怠る事実に関し、「客観的に存在する債権を理由もなく放置したり免除したりすることは許されず、原則として、地方公共団体の長にその行使又は不行使についての裁量はない」とするが、不法行為に基づく損害賠償請求権については、「債権の存否自体が必ずしも明らかでない場合が多いことからすると、その不行使が違法な怠る事実に当たるというためには、少なくとも、客観的に見て不法行為の成立を認定するに足りる証拠資料を地方公共団体の長が入手し、又は入手し得たことを要する」(最3小判平成21年4月28日集民230号609頁)と判示している。
沖縄県監査委員は、原告らの沖縄県職員措置請求(住民監査請求)につき、公園内施設の維持管理等の責務を担っていた指定管理者である沖縄美ら島財団が、その責任(管理上の最善注意義務)を怠ったことによって生じた首里城の焼失によって県が被った損害について全額賠償すべき責任を有することは明らかであるとした原告らの請求について、「これらは請求人の考えを述べているにとどまり、他に客観的な証拠も示されておらず、沖縄県の沖縄美ら島財団に対する損害賠償請求の存在を認定するに足りる証拠資料が示されているとはいえない」としている。
原告らの前記請求のうち、防火管理上の最善注意義務についていえば、沖縄美ら島財団が沖縄県から公の施設の指定管理者(地方自治法244条の2)に指定されている事実及び同指定に係る基本協定書の内容に基づくものであり、これらの事実に基づいて当然認められるべき法的な注意義務の内容もしくは程度如何は法的な評価であり、客観的証拠云々の埒外にある。
次に、2の本件火災の拡大と延焼の経過及び消防活動の不全等にかかる事実についていえば、これらは公表されている那覇市消防局の報告書、再発防止検討委員会の中間報告書及び最終報告書に全面的に基づくものであり、これらの資料は、いずれも被告の沖縄県知事において入手しているものばかりである。
(2) 沖縄県の被った損害について
ア 固定納付金の減額
沖縄県監査委員は、原告ら請求人が主張する固定納付金に係る減額は、本件火災による正殿等の焼失によって国有財産使用料が減額されたことにより、減額後の国有財産使用料と同額に改められたことを理由に県に損害が生じているとはいえないと主張する。
しかしながら、そもそも国の管理許可に基づく国有財産使用料の支払い額と基本協定書に基づく固定納付金の金額とは法的に別物である。そして沖縄美ら島財団の固定納付金の減額は正殿等の木造建築物群の焼失に基づくものであるところ、そのことは、沖縄美ら島財団自らの責任(防火管理上の最善注意義務違反)によるものであることに照らせば、自らの不法行為責任に基づく結果によってその義務が軽減されることは矛盾であって、固定納付金の減額分9730万円をもって沖縄県の損害と評価すべきである。
イ 文化財の焼失による損害
沖縄県監査委員は首里城正殿等の焼失により損傷した県指定有形文化財3点は、いずれも財団所有のものであり、沖縄県の所有に属する県の財産ではないことから、これらの損傷により、県に損害が生じているとはいえないとする。
しかしながら、県指定有形文化財3点は、焼失を免れていたことが確認され、幸いにも、その損傷による損害は生じていないが、前述したとおり、首里城正殿の焼失により焼損した美術工芸品の文化財には、沖縄県が所有する別紙美術工芸品目録記載の18点が含まれており、少なくてもこれらの焼損によって沖縄県が多大な損害を被っていることは明らかである。
8 まとめ
よって沖縄県職員措置請求書(住民監査請求)の請求人となった沖縄県住民である原告らは、被告に対し、地方自治法地方自治法242条の2第1項3号及び同4号に基づいて請求の趣旨記載の事項を求めて訴訟を提起するものである。
証明資料
1 甲第1号証の1~3 沖縄県職員措置請求について(通知)
添付書類
1 訴訟委任状 9通
2 甲号証写し 各1通
以上
(別紙)
美術工芸品目録
1 絹本着色花鳥図 殷元良筆
2 紙本着色雪中雉子の図 殷元良筆
3 紙本墨竹の図 殷元良筆
4 紙本着色奉使琉球図
5 紙本着色冊封使行列図
6 木彫円覚寺白象並びに趣意書木札
7 世持橋勾欄羽
8 円覚寺放生池石橋勾欄
9 円覚寺関係木彫資料
10 梵鐘 旧大安禅寺鐘
(一名 護国寺の鐘)
11 梵鐘(旧永福寺鐘)
12 黒漆散水楼閣人物螺鈿机
13 白密陀山水楼閣人物漆絵箔絵角盆
14 朱漆山水楼閣人物箔絵丸型東道盆
15 黒漆薔薇堆錦軸盆
16 朱漆巴紋牡丹沈金大御供飯
17 三線盛嶋開鐘附胴
18 三線富盛開鐘附胴
※本訴状は8月16日の提出日以降に加筆修正部分を反映したものになります。
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